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「あれは確か…"オーロラ"…?」
神話に出てくる"竜神の軌跡"―――薄黒い空で煌々と輝きながらうねる神秘的な"オーロラ"を、ダンデルクは少しの間見上げていた。仄暗い赤紫色に染まった空が魔界の朝なのか、夜なのか、何もわからない。ただ一つだけ確かな事は、やはり伝説は当てにならないという事だ。
「ダンデルク様…ここは、東大陸…なんですよね?」
海図では数キロ先とあったが、海霧を抜けたそこはもう湖だった。フロントガラスの奥を食い入るように見つめるグラメルの隣に並び、ダンデルクもまた同じ光景を眺めながら頷いた。
「ああ、ここがグリーモア帝国…フレイア湖だ」
水面で揺れる落ち葉のように、ゆったりと岸に向かって漂い流れる船の真下に広がる赤い湖は、不気味に黒ずんでいるが穏やかで、半円を描くように湖の周りを黒い木々が囲んでいる。黒みがかった薄い赤紫色の空から降り注ぐ微かな明かりのおかげで、照明がなくてもどうにか視界を保つ事ができた。
歴史録には"森"と書いてあったが、湖を囲む木々の間にはかなり間隔があり、森というより林と表現した方が適切だった。そして林の奥、逆光で木々の影が黒い縦線に連なって見える理由は一つ。
そこに、グリーモア帝国の都グラマティクスがあるからだ。
黄緑い色にぼんやり光る林の先を確かめるように、ダンデルクは操舵室のドアに向かい、そして扉を開けた。慌てたグラメルの声を背中で受け止めて、全神経を外に向けてゆっくりと、数千年間謎に包まれた闇の世界に身を投じる。
「ダンデルク様、待ってください! 危険ですよっ」
魔界の空気は、思った以上に柔らかかった。肌を刺すような冷気に満ちているかと思いきや、早春の草原程度に温かい。ダンデルクは異界の空気を感じながら、船べりから湖を覗き込んだ。航海士が叫んだ"前方の障害物"が気になったのだ。透明度が低い赤い湖の中を確認する事は難しいが、しかし岩や氷山だと障害になりそうなものは見当たらない。
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