ー 竜神の聖剣 ー

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「…妙だな…」  上半身を起こすと、ダンデルクは岸に近づく船の広い甲板から辺りを見回した。一帯は、異常な程静かだった。鳥の鳴き声も、無風の土地なのか風鳴りもなく、まさしく死の世界と言えるぐらいの静寂に満たされている。おかげで、操舵室の中から噴き出た従者達の声が必要以上に大きく響きわたった。  「国王陛下っ…」 「お待ちを陛下っ…おいっ、皆外へ出ろッ。 陛下をお守りするんだ!」 「ダンデルク様っ、私も行きますっ…おおぅ! これが魔界の空気! おや、温かいですね」  追いかけてきた従者達が厳しい顔で周囲を警戒している。視界が保てるぐらいに明るい理由が空以外にもあった事は、外に出て初めてわかった。林だ。あれは何だろう。湖を囲む黒い木々に覆われた林の地面が、所々ほんのりと淡く黄緑色に光っている。ダンデルクが目を凝らして妖しく光る林を眺めていると、隣でグラメルが何か思い出したように言った。 「そうだ、"湖水で踊る光の妖精"…うん、確かそう書いてありました」 「グラメル、何の話だ?」 「さっきの怪魚ですよ」  広い甲板の上を慌ただしく行き来しながら周囲を警戒していた従者達が、一斉にピタリと動きを止めた。語り手をギョッと見返しながら沈黙している。考えてみれば当たり前だ。自分たちはもう、その怪魚が住むという魔界の湖の上にいるのだから。 「…秘書官様、怪魚は大きなサメなのではありませんでしたか?」  訝しげに問うたのは新人騎士だ。ミロは視線で周囲を警戒しつつも、確認を取るように質問を重ねた。 「光の妖精とは、そのサメが妖精のように飛び回るということでしょうか?」  自分で言ってて恐ろしくなったものらしい。新人騎士がブルっと身震いした。そんなミロに優しく微笑みかけた童話作家は、相変わらずのんびりした口調で付け加えた。 「いえ、違うんです。怪魚の記載の中に、今の一文が添えられていたんですよ。なんでもフレイア湖には時々、美しい妖精さんが来るらしいんです。怪魚さえ見惚れてしまう程その妖精は優雅に踊るそうですよ、あんな風に……」  赤い湖面の上を顎でしゃくったグラメルの口が、大きく開いた。そこから悲鳴が漏れた時には早くも、ダンデルクは(さや)から聖剣を抜き取っていた。
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