ー 竜神の聖剣 ー

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 ほとんど抵抗なく最後まで一気に刃が通った。直後、切断された怪魚の下アゴが落下。船べりにぶつかって弾けた下アゴが湖に沈んだ瞬間には、ダンデルクは触覚から手を離していた。宙に放り出された体を丸め、虚空で2回転しながら揺れる船の甲板に降下し、床の手前で体を開く。衝撃を最小限に抑える為に膝を曲げて着地。同時に左手を甲板に付いて体制を支え、右足を突っ張って滑りを止める。  クルリと半周してダンデルクが怪魚の方に体を翻した時、大きく後ろの倒れ込んだ怪魚の目は白く濁っていた。下アゴを失った巨大な怪魚が、湖の水面に大きな飛沫を上げて沈むや、波に押された船が一気に岸の手前まで到達。ゆらゆら揺れる船の外壁がゴンと音を立てて岸にぶつかった。 「ふぅ…共鳴とはこういう事か…」  深く息をついて立ち上がり、ダンデルクは漆黒の剣を感慨深く見つめた。血すらつく暇もない程鋭い味を持つ剣は、確かに、先祖から語り継がれている通り不思議な力を持つ剣だった。炎こそ出ないが、まさしく聖剣と呼ぶに相応しい至高の逸品だ。 「ダンデルク様ぁ、またそうやって無茶なさるぅ~」  しかめっ面で唇を尖らせているグラメルの後ろでは、呆気に取られた従者達が口を半開きにしたまま沈黙している。 「ここは血海(けっかい)の上なんですよ? しかも相手は得体の知らない怪魚。お怪我なさったらどうするんですかぁ」 「戦いの前に準備運動は必要だろう」 「準備運動って…ハァ」  ダンデルクにとってはこの程度の運動など、階段を駆け上がるのと同じぐらいの負担。むしろ今日は俊敏さに欠けた方だが、初めて見る者達にしてみれば神技にも等しい動きに見えたのだろう。厳しい訓練を受けた神騎士長の声も、それに続いた従者達の声も微かに震えている。 「何という身のこなしっ…信じられません」 「さすがはメルフィンティの大剣豪っ」 「国王陛下と共に戦える事を誇りに思います!」  次々の溢れる呟き。しかし、それに続いた警備兵の声は感嘆ではなく困惑で震えていた。 「見て下さいッ、あそこ! 怪魚の死骸に何かが群がっております!」
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