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反射的にダンデルクは湖面を見た。腹を上に浮かぶ怪魚の死骸。青緑色の血が水面に漂い流れる中、確かにそれらは死骸の上に群がっていた。巻貝だろうか、それにしては大きい。踝から膝まで丈のある長く尖がった円錐の殻からは、触手のような物が無数に生え出ている。青い殻にはヒョウ柄のように黄色と赤の水玉模様が浮かび、殻から生え出る触手は黒い蛇の如くそれぞれが動き回って、鋭い牙を剥き出し湖面に浮かぶ怪魚の腹を食い千切っている。
「これは大変だっ…ダンデルク様っ、私たち囲まれてますよ!」
「なんだとっ!?…クソッ、これはッ…!」
赤い湖面を見た瞬間、ダンデルクは思いっきり舌打った。湖底から無数の気泡と一緒に沸き上がって来る青い貝の群れは、どうやら怪魚の死骸以外にも餌がある事に感づいたらしい。イワシの群れのように大きな一団を形成して、戦艦の周りをグルグル旋回している。
獲物の正体を探っているのか、ゴンゴンと船底に体当たりする振動が甲板まで伝わって来た。怪魚と同じ、いやそれ以上の巨影が映る湖水を睨んだシェラルドが、剣を構えながら叫ぶ。
「陛下っ、こ奴ら船に乗り込んでくるのではありませんか!?」
「国王陛下っ、今のうちに上陸しましょう!」
「しかしセージュ様っ、船はどうするんですか?」
「副隊長っ、モリーとチェスを置いては行けませんッ」
「騎士長っ、我らが残りますので陛下と一緒に下船下さい」
妖しい貝の群れが湖水を揺らして大きく旋回している中、慌ただしい声が甲板に溢れる。ダンデルクは歯ぎしりしながら必死に考えた。単体の怪魚と違って、群れは厄介だ。体力的にキツイだけでなく戦力も分散される。しかも仮に、これだけの数の群れが一気に襲ってきたら、自分の腕をもってしても対処できるかどうか自信がなかった。
「くそッ…時計塔はすぐそこだというのにッ」
剣を握り締めて、ダンデルクは船の周りを泳ぐ貝の群れを睨みつけた。一分でも一秒でも早く彼女の元に行きたい。しかし船も守らなければならない。フローディアを救出できても帰る手段を失えば元も子もなくなってしまうのだ。
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