- 花冠の乙女 -

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 - 花冠の乙女 -

 もはや、首都が攻め落とされるのは時間の問題だった。  既に、市場地帯(マルシェ)からは黒煙の筋が無数に立ち上り、青く澄んだ空を灰色に染めている。波止場から(とどろ)いた爆音と同時に監視塔からは火の粉が舞い、逃げ惑う人々の悲鳴と絶叫は、厚い扉に閉ざされた城内にまで響いていた。 「くッ…伝説はただの嘘っぱちでしたか!」  窓越しに太陽を睨んで、グラメルは苛立たしげに舌打った。まるで津波のように波止場から押し寄せてきた魔の軍団は、この城を目指し、城下の街を越えてすぐそこまで迫っている。陽気な人々が笑顔で歌い、音楽を奏でる豊かで幸せな国。 西大陸(ウエストテラス)の楽園と言われた花の都が今、"奴ら"の襲撃を受けて瓦礫と化していくのを、グラメルは絶望と共に苦々しく見つめた。  1500年の沈黙を破り、突如襲い掛かってきた東大陸(イーストガーデン)の悪魔たち。  伝説では、"奴ら"は太陽の下を歩けないはずだった。常闇の東大陸(イーストガーデン)に存在する全ての生物はいずれも紫外線に弱く、日光を浴びると皮膚が溶けて焼死するというのが言い伝えである。しかし、それも根拠のない迷信に過ぎなかったらしい。 「ああッ、もう時間がありません!」  懐中時計を乱暴にポケットに突っ込むと、グラメルは悔しげに奥歯を噛みしめた。ここは城で最も広い王座の間。舞踏会や式典に使われる大ホールでは、国旗と王家の紋章が刻まれた旗の下、白大理石の床から5段高い所に並ぶ王と王妃の椅子の前で、前夜の片づけをしていた数十人の宮使いたちが、身を寄せ合いながら恐怖に震えている。 「早く陛下に知らせないとっ…その前に、彼らを逃がさなければ…!」  怯えている宮使い達と窓の外を交互に見ながら、グラメルは空回りする頭で必死に考えた。耳の下で切りそろえられた銀髪を混ぜ返し、7対3に分けた髪を掻きむしる。"奴ら"はそこまで迫っているのだ。もう一刻の猶予もない。
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