96人が本棚に入れています
本棚に追加
/300ページ
爆風で広がったのは、扉の破片や親衛隊員たちの千切れた体だけではなかった。死臭と獣臭が混ざり合った異様な匂いがホール全体に充満し、鼻腔を刺激して吐き気を誘う。だがそんな匂いなど、外から雪崩れ込んできた魔物の不気味さに比べたら、可愛いものかもしれない。
「これが東の魔物ですかッ……!」
少しでも気を緩めたら壊れそうになる心を叱咤して、グラメルは剣のグリップを握り直した。緊張と恐怖に噴き出した汗が掌を濡らし、慄く体の震えは剣まで伝わっている。生き残った親衛隊員たちが次々に立ち上がる様子を視界の端に見ながら、グラメルは壊れかけた扉の外から激流のように入り込んでくる魔物たちを、信じられない気持ちで見つめた。
上半身は人の形を呈しているが、下半身は狼によく似た獣だ。黒ずんだ緑色の肌が覆う丸い頭に髪はなく、顔には大きな目玉が一つ中央にあるだけ。ギョロギョロと忙しく動く黄色い目玉の下に鼻はない。ただ、両耳まで裂けた口から不揃いの牙が覗き、血と汚泥と獣臭が混じる息を吐き散らしている。筋肉質の上半身から伸びる両腕が、床に届く程長いこの生物を魔物という以外にどう表現できるだろうか。優秀なグラメルの頭脳をもってしても、弱点どころか体の構造すら見当もつかない。
「うっ、うわぁぁああああ!!」
「ひひひ東の魔物だッ!」
「たたっ、助けてくれぇッ」
恐怖に耐えきれなくなった親衛隊員たち数名が、その場にへたり込んだ。それを合図に、剣を引き抜いた生き残りの親衛隊員たちが、魔物の群れに向かって切り込んでいく。
「俺たちが相手だ魔物どもぉぉおおお!」
「全員かかれぇぇぇぇッ!」
「怯むなッ、進め!」
魔物の咆哮と親衛隊員たちの勇ましい掛け声が、激しく交錯した。
グルルルゥァアアアアアッーー
「死ねぇッ、バケモノどもぉぉおおお!」
勇敢に切り込んだ若者の剣先は、見事に魔物の右腕を斬り落していた。けれど、それだけだった。魔物の右腕が床に落ちたのと同時に、斬り込んだ若者の首には真後ろから襲い掛かった別の魔物が食らいついていた。
「危ないッ、後ろです!」
「ギャァアアァアァァ…ァ……ぁ…あ…ぁ…」
グラメルは叫んだが、間に合わなかった。首の半分以上を食いちぎられた若者はフラフラと数を歩いて崩れ落ちた。その体に、魔物どもが群がり食い荒らしている。
最初のコメントを投稿しよう!