たぶん逃げている

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貴方の口癖は、「たぶん」でしたね。 君のことは好きだよ、たぶん。 たった三文字で、私がどれほど思い悩んだか、ご存じないでしょうね。貴方は自分を「優しい人」と思わせたくて、逃げているだけ。 ぶつかり合うことも。 傷つくことも。 困ったかおを、しないでくださいな。 悪い噂を流すんじゃないかって、気にやんでいるのでしょう。安心ください、私はそんな、惨めなことはいたしません。 ただ、もう疲れきってしまったので、離れるだけなんです。許してくださいね。 手紙といっしょに、届書を置いておきます。そういえば、私たち籍は入れていたかしら。たぶん、と貴方は答えるでしょうね。 調べようとしたら、大丈夫だよと慌てて言いなおして。 誰にでも優しい人は、ほんとうは優しくなんかない。 どこかでふと見聞きした言葉が、私の心のなかに浮かびました。 お元気で。 私は、好きでした。 貴方のことを。 たぶん。 吸殻が、山盛りになった硝子の灰皿を文鎮がわりにし、同居していた女が出ていってしまった。実家に帰ってしまったのだろう。たぶん。 すうすうと、胸が寒くなってきた。 愛していたんだろう、たぶん。 逃れようとする自分に改めて、いや沸々と、苛立ちを覚えた。 昨晩買ってきた、彼女が好きな柿の実が橙に、鈍く光る。 追うべきだろうか。 このままでいるべきだろうか。 決めなくては。 たぶん。 柿を眺めて、僕はため息をついた。 悲しみと面倒が混ざった、苦く痛く重いため息だった。
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