想念

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執務机の上には次々と紙の束が運ばれた。 女王は一枚一枚丁寧に目を通した後、侍女に渡す。紙がある程度まとまると彼女は隣の部屋に持って行く。 そこでは女王の腹心三人が受け取った紙の束を整理したり、書き物をしたりしていた。 「庶民の歌は素朴ですね」 魏弘宰相が顔を上げて言った。 「全くです。この船頭の妻の歌など聞く者の心に響きます」 こう言いながら大矩和尚は手元の紙に書かれた歌を詠じ始めた。 「士大夫層の作品も捨てたものではありません」 和尚の朗詠が終わると致遠が口を開いた。 それぞれ自分が心惹かれた作品について語ると、歌の書かれた紙を分類した。 春、夏、秋、冬、寄物、郷愁、恋、旅等々に分けられていく。 「今日はここまでにしましょう」 年長の宰相が言って作業は終わった。 困難な時期に王位を継いだ女王は国を建て直すために様々な政策を講じた。その一つが勅撰の歌集の編纂であった。 “動天地、感鬼神、莫宜於歌” 歌には天地を動かし、鬼神すら感動させる力がある。 女王は人々の思いを天神地祇、鬼神に伝えこの国の加護を願った。 我が新羅を再び盛国にして人々を豊かにしたい。 そのため女王は国中の歌を収集し始めた。庶民は文字が書けないので役人たちは各地に出向き、その地の民謡や人々が作った歌を書き取った。文字を書ける層に対しては自作の歌や愛唱している歌を書いて提出するように命じた。 その一つ一つには様々な思いにあふれていた。これらを見て、天神地祇、鬼神は何を思うだろうか。どうか我が新羅の民を愛おしんでいただきたい。 女王のこうした思いを理解しているのは朝廷内には三人しかいなかった。魏弘宰相と大矩和尚と官僚の崔致遠。 他の朝廷内の人々は国よりも自身のことばかりを考えているのである。 天地や鬼神よりも人の心を動かすことの方が難しいのではないか 勅撰歌集を手掛けてから女王はこう思うようになった。三人の腹心たちも同様だった。
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