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「では、失礼します」
「お疲れ様、ありがとう、千坂くん」
それからしばらく何もない日が続いた。栄進も落ち着いているようだったし、俺と社長との間にもこの前の夕方の出来事などなかったかのように見えた。そんなある日の夕方、社長は俺より二・三年下の男を連れて会社にやってきた。バイト先の専門学校の生徒だった男らしい。出版社に入ったが、色恋沙汰で会社に居辛くなったとか。確かに、色恋沙汰に巻き込まれそうな美形の部類である。
「この子をウチに入れたいんだけど、千坂くん、いいかな?」
「社長に反対する訳ないじゃないですか。いいですよ」
「良かった。あ、これ、彼の作品なんだけど……」
プリントを数枚手渡される。社長と俺の作るものとは一風変わった、しかし確実にセンスのある作品たち。社長がこの男を会社に入れるのは、会社が忙しくなってきたからか、社長が俺に、俺のことを考えて防波堤を立てたからなのか、わからない。
やや悲しくはあったが、俺の気持ちは変わらない。社長が幸せを得るように、俺は見守り続けるだけ。
社長が満たされる日を、待ち望んで、俺は生きる。
了
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