0章―prologue

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「とうさっ…」 「湊。…頼む、何も聞かないでくれ…。」 歩いていた足がピタリと止まり振り返らずに父さんは俺の言葉を遮った。 寒さなのか、涙を堪えてる為なのか見上げた先の大きな背中は震えており、発した声色にも震えが混ざってると子供の俺ですら理解できた。 「ごめんな湊、父さんこれから仕事に行かなきゃ行けないんだ。」 背中越しに話していた父さんが振り返るとその優し気な目元にはもう涙はなかった。 変わりにいつもと変わらない笑顔の父さんがいた。 ついさっきまでのあの表情はなんだったんだろう、そんな思いを抱くと同時に変わらない父さんの笑顔にほっとしている自分がいることに気づいた。 「湊、出かける時に相手にかける言葉はなんだ?」 いつも言ってるだろう?そう言いたげな視線を向けられ微笑んだままの父さんは、ネクタイを整えるような仕草を始めた。 ―!いつも父さんが出かける前やること…っ! ルーティンと呼ばれる行為とまではいかないが、会社に出勤する時に必ずやる父親の行動を覚えてない訳がなかった。 さっきのは気のせいだろうと自分に言い聞かせると、俺は傘を持ってない方の手を頭上まで上げ、と大きく手を振る。 「父さんいってらっしゃいっ!」
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