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だが、いくら繰り返しても手はすぐに冷たさを取り戻し、暖まる事はなかった。
「父さん…っかあ、さん…」
母さんが死んでから一度も言葉にしなかった母親を呼んでしまうほどに俺は限界に近かった。
心の中で何度も何度も呼んだ母さんの名前。
今まで声に出してなかった『母さん』という言葉の重みは凄まじく、声に出した瞬間ふと自分の中の何かが切れた様に不安が押し寄せ、涙が溢れてきた。
「おまえっ!こんな雨の中何やってんだッ!」
ふと聞こえた怒鳴り声に驚き、びくっと体が跳ねる。
声のした方に顔を向けると、漆黒の髪色をした少年が色あせたコンクリートに溜まった雨水を踏みながら慌てて走ってくるのが視界に映った。
自分よりも、いくつか年上だと見てわかる少年はグレーのYシャツに黒のネクタイを緩めてつけており、真っ黒の膝丈まであるコートを羽織っていた。
黒のスラックスには、走った時に跳ね返ってきたと思われる水の染みがいくつも付いている。
少年は、大人用にしては小さく、小学生の俺に比べると少しだけ大きめの革靴を履いていた。
「だれ…?」
いきなり現れた自分よりも年上の少年をじっと見上げる。
「俺は久堂龍司。お前は?」
「おれ…月嶋湊…」
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