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「本当は、好きな男の子にだけチョコあげる日なのよ。お父さんがもらってくるのは義理チョコっていって、いつもお世話になってますっていうお礼のチョコなの」
まじめな顔の母が何やら説明していたが、まったく耳に入って来なかった。
「おまえの方がよけいなこと教えてるじゃないか」
「正しいことでしょ。男前だといっぱいもらうとか、そんな不純なこと覚えちゃったらどうするのよ」
言い合いがはじまるのも気にせず、僕は拳を握りしめる。
――かっこいい男になって、こういうチョコいっぱいもらうんだ!
幼心に誓いを立てたその時から、女の子にモテるための努力を怠ったことはない。
最初にチョコレートをもらったのは小学校2年生の時。
同級生の女の子たちがくれたのは可愛いけどサイズの小さい包みばかりで、正直なところ物足りなかった。
――もっとかっこよくならなきゃ!
たまたま見た冬季オリンピックで、フィギュアスケートの選手が王子様みたいにかっこよくて、観客から沢山プレゼントをもらっていたので、僕もスケート教室に通いはじめた。
「やだ可愛いっ」
「三輪晴希くんっていうんだ?」
意外なことに、一緒に習っている子たちのお母さん方にもてはやされた。
「SNSにアップとか、そういうのは遠慮してください」
日常的に写真を撮られまくり、親が危機感を覚えるほどだった。
僕はこれならバレンタインチョコも……と期待していたのだが、体に毒だからと母が全部断ってしまった。
「いい? 世の中には危ない人がいっぱいいるの。知ってる人からだって、口に入れるもの簡単にもらっちゃダメよ」
おそろしく真剣に言い聞かされたが、僕の頭の中はチョコを奪われた怨念でいっぱいだった。
学校では何個かもらったし、自宅ポストに届いた「みわはるくんだいすき」と書かれたチョコレートもあって(それはなかなかの高級品で美味しかったけれど)もっと沢山もらえると期待していただけに、小3のバレンタインデーも不満が残る結果となった。
「晴希がお父さんに勝つのはいつかなー」
鼻高々でもらったチョコを積み上げる父に、僕は幼い闘志を燃やしたのだった。
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