21人が本棚に入れています
本棚に追加
2、ぼくのはじめて
「未羽ちゃんのこと聞いた?」
「すごいよね」
「えー無謀だよ」
そんな会話が聞こえてきたのは、スケートクラブの更衣室から出た時のことだ。
僕を見ると、彼女たちは気まずそうに顔を見合わせて口ごもった。
「何の話?」
「た、たいした話じゃないよ」
「教えてくれないの?」
「三輪くんにそんな顔されるとつらい」
1人が声をひそめて話し出した。
「未羽ちゃんカナダ留学するって聞いた子がいて、向こうでパートナー見つけたいとかって」
僕は珍しく頭に血が上るのを感じた。でも取り乱すわけにはいかない。
「三輪くん知ってた?」
うまく返事できそうになくて、王子スマイルでごまかし背を向けた。
留学やパートナーの話なんて、未羽からはひと言も聞いていない。
僕はもともとシングルの選手だったが、中1の終わりに175cmを越えた頃からアイスダンスやペアに転向しないかと誘いが来るようになった。
当時、国際大会で団体戦が採用されるようになり、日本では層の薄いこの2つを強化するため、高身長の男子選手はみんな声をかけられたらしい。
「優雅だからアイスダンス向き」
「せっかく4種類も3回転ジャンプ跳べるのにもったいない」
「転向した方が国際大会に出れるよ」
周囲の声に悩んだ結果、コーチの勧めで未羽と組んでペアに挑戦することになった。
「いい加減な気持ちじゃ困るんだけど?」
ペア経験者の未羽に、しょっぱなから上から目線で言われ、さすがの僕も馬鹿にするなと怒った。
それから毎日ケンカしながらムキになって練習したせいか上達は早く、中3の時には全日本ジュニアで優勝してしまった。
ペア競技はシニアを含めても国内に3~4組しかいないような状態で、僕らには期待が重くのしかかり、スポーツ名門校への進学や海外合宿、国際大会への派遣など、敷かれたレールに乗せられて進むしかなかった。
冷ややかな関係でも2人の息はぴったりで、メダルやトロフィーは順調に増えている。
だから、未羽にペア解消の意志があるとは思いもよらなかった。もし留学するのが本当だとしたら、いったい僕の存在は何なんだろう。
じわじわとショックがこみ上げてくる。
最初のコメントを投稿しよう!