2、ぼくのはじめて

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「遅い!」 少し気を落ち着けてからリンクに行くと未羽がプリプリ怒っていた。怒りたいのはこっちの方だ。僕は黙ってスケート靴に履きかえはじめる。 「言い訳もなし?」 未羽は文句を言いながらリンクからあがって来た。 「どうせ信頼されてないのに言い訳なんか、するだけムダっていうか」 きつめに紐をしばりながら、皮肉が口から出るのを止められなかった。 「は?」 「新しいパートナー探しにカナダ行くんだって?」 「……誰に聞いたの?」 ちらっと見ると、未羽の顔はひきつっていた。 「本当なんだ?」 (ブレード)にはめかけたエッジカバーをきつく握る。 動揺が広がっていくのを感じた。 「悪いけど今日は無理」 逃げ出すようでかっこ悪いが、僕はリンクに背を向けた。こんな精神状態で練習できるほど甘い競技ではない。スケート靴のまま更衣室へ走った。 「何これ……」 目からぽろぽろこぼれ落ちる(しずく)。のどから何かがせり上がってくる。こらえきれず口をあけると、出てきたのは嗚咽だった。 ――なんでこんなに泣いてんの? 更衣室が無人だったのは幸いで、僕はネックウォーマーで顔を隠しながら裏口から外に出た。 「もう帰ってきたの?」 母はいつもより何時間も早い帰宅をいぶかしがった。 「もうやめる」 「えっ」 「スケートやめる」 また泣きそうになり、自分の部屋に逃げた。 荷物を投げ出しベッドに倒れこむ。着がえないとシワになる、よれよれの制服じゃモテないと一瞬思ったが、もうそんなことどうでもいい。 未羽なんか勝手にカナダでもアメリカでも行ってしまえ。 気に入ったパートナー見つけてオリンピックや世界選手権で入賞したりして、そいつと(きずな)を深めて氷上プロポーズされたりしちゃって、素敵なロマンスですねーなんてスポーツ番組で紹介されるんだ。 そうなったら未羽は、日本に捨ててきた僕のことなんか思い出しもしないだろう。 「1回もチョコくれなかったもんな」 つぶやくと、ものすごくみじめな気持ちになって枕を濡らした。
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