21人が本棚に入れています
本棚に追加
1、とろけるようなきみ
きみを初めて食べた時の感動は忘れられない。
青い箱をあけると、ふわっと甘い匂いがした。
茶褐色のつややかなきみを指でつまんで口へ……舌の上でとろけるような濃厚さに、僕は夢見心地になったものだ。
僕の父は毎年2月半ばに大量のチョコレートを持ち帰ってくる人だった。
幼い頃は毒だからと食べさせてもらえなかったが、5歳ぐらいから消費を手伝えるようになった。
「よくもまあ毎年こんなにもらえるわね」
母は面白くなさそうな顔で、僕が何回めかに伸ばした手をキュッと握って止めた。
「もうやめなさい。鼻血が出るわよ」
なぜチョコレートをたくさん食べると鼻血が出るのか、それは今もわからないし知りたくもない。
「お返し用意するのも大変なのよ」
チョコレートの山を前に、ため息を吐く母に聞いてみた。
「なんでお父さんはチョコもらってくるの?」
「バレンタインデーだからよ」
「ばれんたいんで?」
「そう、バレンタインデー。女の人が男の人にチョコレートあげる日なの」
そんな夢のような日があるなんて!
僕は男に生まれて良かったと思った。
「僕も大きくなったらもらえる?」
「大きくならなくてももらえるぞ」
目を輝かした僕の頭を、父が大きな手でわしゃわしゃ撫でる。
「晴希は男前だから、あと何年もしないうちにいっぱいもらうようになるだろうな」
「おとこまえ?」
「かっこいいってことだよ」
「僕かっこいい? かっこいいと、いっぱいもらえるの?」
「そうだ。お父さんもかっこいいから、いつもこんなに……」
「ねえ、ちょっと、よけいなこと教えないで」
母があわてて止めたが、僕はもうばっちり理解していた。
――かっこいい男はチョコをいっぱいもらえる!
最初のコメントを投稿しよう!