辞令

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それから数日の長谷部さんは会社で声をかけるのもためらわれるほど忙しそうで、業後は業後で毎晩のように送別会やら取引先との引き継ぎを兼ねたお付き合いなんかで私に時間を作って欲しいとは言えなかった。 最後の金曜日も課の送別会だった。二人きりになれる時間が少しでもあればいいと期待していたけれど、二次会、三次会と主役は参加しなきゃいけなくて、私は長谷部さんがいるからってそれだけの理由で三次会まで参加した。 途中で何回か目が合った時は私だけにわかるような微笑みを返してくれた。長谷部さんが席を立てばさりげなく私も席を立って同僚の目を盗んで指を絡めるのが精一杯。 それでもほんの一瞬の触れ合いでも彼が愛おしすぎて苦しくなるほどだった。 三次会が終わってみんなが終電を気にしながらそれぞれの方向へ解散した。私もほかの同僚と一緒に途中で長谷部さんに手を振ってわかれた。 「お疲れ様でした。大阪でも頑張って下さいね。」 「ありがとう。気をつけて帰ってね。」 普通の金曜の飲み会の後みたいに長谷部さんは私の前から消えてしまった。 行っちゃった… 消えていく長谷部さんを見送りながら笑顔が泣き顔に崩れていく。それが東京にいた長谷部さんを見た最後だった。
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