257人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
とっとと嫁に行きゃよかったと一人ごちるけれど、そんな相手が表れなかったのはどうしようもない。きっかけとかタイミングとか色々あるのだ。
断じて私のせいではない。たぶん。
いやほんと。
仕事にやりがいを感じられている時点で十分幸せなのだと思う。
それ以上、ましてや恋まで上手くいってほしいなんて、贅沢だと思えた。
そのやりがいをもたらすきっかけとなった沢渡だけれど、俗に言うハイスペックとなった彼にはそんな自覚は全く無い様で……。
「俺なんてまだまだですよ」
というのが口癖だった。
いや十分だと思うよと私は毎回、彼と飲みに行く度に言っていた。
私と沢渡は、時間が流れ、立場が変わってもその関係は変わらなかった。
何かあっても無くても、時間があれば飲みに行く。そんな関係は未だ続いている。
そして今日も、仕事の帰りに馴染みのバーへ立ち寄っていた。
内容はもっぱらお互いの近況や、他愛のない話。
時折出てくるのは、沢渡の片思いの人について。これまた未だに、である。
えらく長いこと、想っているのだ彼は。
件の女性を。
なぜ告白しないのか、と何度か聞いたけれど、沢渡はその都度「俺がまだ未熟なんで」とかなんとか言っていた。
最近はあまりその話はしていないけれど、私を飲みに誘うって事はまだ伝えてはいないんだろう。
だって沢渡がその想い人に告白したら、絶対両想いになると思うから。これだけ条件良しで高スペックな男は他にいまい。中身だって私の太鼓判付きだ。
気持ちを伝えられたならばその瞬間に、相手の女性は恋に落ちる事だろう。
時折沢渡を覗きにくる何人もの女性の視線が、そう語っていた。
……そしたら私は、もう沢渡とこうやって過ごす事は出来なくなるんだろう。
それだけが、無性に寂しく感じた。成長したかつての部下との付き合いに、変化が訪れるのが少し恐かった。その気持ちの意味を、考える事も。
「沢渡、本当すごい出世したねー……。私に付いたヤツの中で一番の大出世!先輩として鼻が高いわぁ。今や私の上司だし!」
「俺とか、まだまだ……まぁ、昔よりは少しはマシになったかなって程度ですよ」
「まーた謙遜してっ!」
ほんとに、いつになったら自信が持てるんだコイツは。もう十分いい男になったと思うのよ。あれから二年。周囲も驚いたほどのスピード出世だ。
最初のコメントを投稿しよう!