0人が本棚に入れています
本棚に追加
トンネルを抜けると
トンネルを抜けるとそこはトンネルだった。
その前も、その先も、その次もまたトンネルだった。
白髪白髭の老人は辟易していた。
ここまで幾つものトンネルを抜けてきた。
屈折したもの、勾配のきついもの、狭く細いもの。
それでも歩みを止める訳にはいかなかった。
結婚はしていない。何十年の間で家族は皆居なくなった。友人らしい友人はそもそも居ない。
全て一人で乗り越えてきた。誰の力も借りず、数々の逆境に立ち向かい、打ち勝ってきた自負があった。
ここまで沢山の骨を踏んづけ乗り越え歩いてきた。
志半ばで息絶えた彼等の惨めさたるや、目も当てられぬと散々見下してきた。
自分だけは、果てに辿り着き、誰も見たことのない光を手に入れるのだ。
死期が迫っていることは知っていた。
世界で唯一つを、私がこれまで生きた証を、残したかった。いや、遺したかったのだ。
長い間背負ってきた自尊心や孤独に報いはあるのだと、だからこうして歩いてきた。
トンネルを数えるのも億劫になってきた頃、ついに食料が尽きた。
それでも老人は歩いた。それしかもう、彼に出来ることはなかった。
やがて足が動かなくなり、意識が朦朧とし、立つのも難しくなった。
最初のコメントを投稿しよう!