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「…………あなたも、迷い道にいるんですね」
そんな言葉が、気づけば唇から漏れた。
「——迷い道?」
東條にそう問い返され、須和ははっと顔を上げた。
今までとは違う激しい色を目に浮かべ、東條がこちらへ歩み寄ってくる。
「この俺が、道に迷ってると言いたいのか?」
その威圧感に耐えきれず、須和は思わずじりじりと後退する。とうとう背が壁に突き当たった。
「俺の来た道に、一点でも汚れがあるか? ここまで積み重ねてきた生き方が、誤っているとでも言うつもりか?
俺を切り捨ててあんな男を選ぶことだけでも死ぬほど屈辱的だっていうのに、この上更に侮辱する気か!?」
「……ち、違います! そういう意味じゃありません! 怒らせてしまったなら、謝りますから……!」
「ああ、君はもうとっくに俺を逆上させてる。はらわたが煮えくりかえるほどにな。
——許して欲しいなら、黙って俺に従え」
東條の大きな手が、逃げ場を失った須和の両手首に凄まじい力で掴みかかった。
*
地下鉄で最寄りの駅を降りた宮田は、マップのナビ機能を使って東條の部屋へと足早に向かった。
白い息が風に流れ、夜の闇へと吸い込まれていく。
目的のアパートは、瀟洒な外観の建物だった。オレンジ色の街灯に照らされた煉瓦風の壁が、闇に柔らかく浮かび上がっている。
アパートのゲートを潜って、ふと東條の部屋番号が分からないことに気づいた。こんな時間に入居者のドアの表札を一軒一軒調べて回ったりすれば、うっかりすると通報ものだ。
考えた末、ある案が浮かんだ。住民の郵便受けがどこかにあるはずだ。
アパートの入り口へ足を進めてみると、やはり共用部分の一角にポストが並んでいる。さり気なさを装いつつ調べていくと、205号室のポストに「TOJO」という小さなステッカーが貼られているのを見つけた。このご時世、表札などを出さない住民も多いが、きちんと名前を表示しているところはあの男らしい。
足音を潜めるように外階段を上がり、205号室のドアの前に立つ。大きく息を一つ吸い込んで、宮田は呼び鈴を押した。
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