春の匂い(2)

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 二人で顔を見合わせて深く頷いたところで、父の太い声があっけらかんとリビングに響いた。 「おーいお二人さん。そこでいちゃいちゃを見せつけてくれるのもいいが、そろそろお茶でも出てこないかなー? お土産のシュークリーム食べたいって晴が言ってるぞ」 「そうねー。樹さんの淹れてくれるアールグレイはいっつも最高に美味しいから楽しみだわっ♡ あ、ちなみにお土産の中に一個だけ混じってるベイクドチーズケーキは私のだからよろしくね♪」  父に続いて、母がすかさずナチュラルに要望を盛り込む。長年連れ添った夫婦の息の合い方は見事だ。完璧である。 「あー、はい! 気づきませんで申し訳ありません! ただいまお持ちいたしますっ!」  二人からのあからさまなお茶の催促に、俺と神岡はガタガタとダイニングテーブルから立ち上がりつつ改めて小さく笑い合った。 「……ところで、須和くんや宮田くんからはコメントとか特に何も届いてない?」  神岡がティーカップを用意しながら俺に尋ねる。 「ええ、今のところ、何も届いてません。  昨日の段階では、須和くんの大学の冬休みが明ける1月9日までには、東條先輩に告白辞退の話をして居候の件も解消しなきゃ、と二人で話し合ってたようですけど……うっかりすると修羅場になりそうで、ちょっと心配ですね……」 「うん、相手が粘着質タイプだと余計にな。居候関係にあったという段階で、須和くんと先輩はそれなりに親密な間柄になっていただろうから……変に拗れなければいいがな」 「ですね……」  お茶の支度を進めながら、俺たちはテーブルに置いたスマホの暗い画面を何となく見つめた。  * 「まずは、俺ひとりで東條先輩に今回の経緯を全部話します。  実際、先輩にはめちゃくちゃお世話になったし、弱ってる俺を静かに気遣ってくれて本当に有り難かったので……そういう感謝をきちんと伝えた上で、俺の今の気持ちをなんとか理解してもらいます」  1月2日の夜、宮田の部屋。  目の前に置かれたビールの缶を開け、一口大きく呷ってから、須和は真剣な面持ちで宮田にそう告げた。 「ん、そっか……うん、まずはそれがいいよな。  それにしても、イケメン高学歴、かつ一流企業に内定済みで、しかも困ってる後輩を余裕で居候させるような超ハイスペ男を振って僕を選ぶってのはほんとに正気なのか……」 「もーーー!! それ以上言うとほんとに東條先輩選びますよ!??」  思わず指にこもった力で缶をベコっと凹ませながら、須和は宮田に食ってかかる。自信無さげな宮田の表情が一層アワアワと色を失った。 
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