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一月三日、午後6時5分過ぎ。
須和は、東條の部屋の玄関の前に立っていた。
昼間は日差しが暖かかったが、日が落ちれば気温は一気に下がる。冷たい風に吹き付けられ、須和は思わずダウンコートの襟をかき合わせた。
実は、約束の6時ジャストに、既にここへ着いていた。それから丸5分間、呼び鈴を押せずに立ちん坊の状態なのだ。
「……しっかりしてくれ、俺」
これ以上躊躇していては、この部屋に入る勇気が完全に消滅しそうだ。バクバクと波打つ心臓を拳で抑え、須和は大きく一つ息を吸い込んでから、意を決してインターホンのボタンを押した。
カチャ、と静かに玄関のドアが開き、もう見慣れた穏やかな笑顔が須和を見つめた。
「おかえり」
何事もないかのように自分に向けられた東條のその言葉に、須和の身体が思わず強張った。
え?
「おかえり」……?
改めて聞けば、呆れるほどに親密な挨拶の言葉だ。
しばらく同居するうちに、そんなふうにして互いの帰宅を迎え入れるのが普通のことになっていた事実に、須和は今更のように青ざめる。
これまでと変わらない自分であれば、恐らくそんな挨拶に違和感など1ミリも感じることなく、「ただいま」と答えていたのだろう。
今やその返事をどうやっても口にできない自分自身に、須和は激しく動揺する。
何とか気持ちを落ち着け、必死に返す言葉を探した。
「……お、お疲れ様です……」
ようやく返ってきたぎこちない返事と須和の表情を意に介する様子もなく、東條はドアを大きく開いて須和を迎え入れた。
「寒そうな顔して。ほら、早く入れ」
「おっ、お邪魔します……」
相変わらず穏やかに優しい東條の態度に、須和はますます肩を窄め、怯えるように玄関に足を踏み入れた。
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