勝負

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 通話を終えた須和が振り向くと、食い入るように自分を見つめる東條と視線がぶつかり合った。  鉄のように冷たい表情を一変させ、東條は口元に柔らかな笑みを浮かべた。 「何だって、あの美容師さんは?  俺の話、ちゃんと理解してくれたかな? いくらチャラいったって、この状況の愚かしさに気づく能力くらいは持ち合わせていてほしいけどね」 「…………」 「俺は、君の気持ちを疑っていなかった。ほんの1ミリもね。  君は遠からずあのいい加減な美容師に別れの言葉を言い渡し、これからはここでずっと過ごしてくれると、当然そう思っていた。——そうだろう。誰がどう考えても、そういう流れが当然と感じるはずだ。  よく考えてくれ。男として、どっちが勝ってるか。未来が明るいのは、一体どちらの道なのか」  東條は、自分の主張には一点の誤りもないというように須和を見据える。  宮田の歩いて来た道のりを何一つ知らないくせに、表面的なごく一部の情報だけで宮田を敗者だと言い放つ男。  喉まで出かかった強い怒りを、須和はぐっと抑え込む。宮田が言っていたように、今はこの男を刺激しないことが最優先だ。  感情を鎮めるためにすっと静かに息を吸い込むと、須和の胸に不意に別の思いが起こった。  人生の時間を、どう歩きたいか。誰と過ごしたいか。  この人は、もしかしたらそういうことに正面から向き合えないまま来てしまったんじゃないか。  勉強、成績、偏差値。学歴、勤務先のブランド。そんなものだけが人生だと教えられ、言われた通りにそういうものしか追いかけて来られなかった人なんじゃないか。  うっかりすれば、自分もそうなるところだった。  三崎や神岡に出会えなければ、厚い壁で囲われたあの家を脱出などできなかったかもしれない。きっと今も、ただ俯いて両親の言葉に従い、あの狭い部屋に閉じ込められたままだったに違いない。
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