勝負

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「彼はどこだ」 「ああ、須和くん?」  宮田の低い問いかけに、東條は廊下を先に立って歩きながら思い切り白々しい声で答える。 「彼は部屋だよ。これまで彼に貸していた一室にいる。僕がいいと言うまで出てこないでほしい、と伝えた。  そこのソファにどうぞ。コーヒーでいい?」 「そういうのは不要だ」 「そっちが要らなくても俺が要るんだよ」  一層険悪な口調でふんと嗤うようにキッチンへ向かう東條の背に、宮田は言葉を続ける。 「……あんたは、本当に須和くんが好きなのか」  カップを手にした東條が、鋭い視線を宮田に向けた。 「それはむしろ俺の台詞だが?  須和くんを随分と残酷な方法で苦しめて部屋から追い出したのは、そっちじゃないのか」 「……僕は——  彼を、自由にしたかった。  やり方が間違っていたことは認める。死ぬ程反省している。  だが、彼を自分のような人間に縛りつけたままでは、絶対にいけないと思った。それは本当だ」 「へえ。  ならばとことん身を引くべきじゃないのか。自分の元へは二度と戻って来るな、とね」  ドリップコーヒーに湯を注ぎながらそう返す東條の背を見つめ、宮田は(おもむろ)に口を開いた。 「僕は、彼を必要としている。心から。  大晦日に彼が僕の部屋へ来て、僕を選ぶと言ってくれた瞬間は、実際その幸せを容易には信じられなかったよ。  彼が僕を選んでくれたその想いを切り捨てて身を引くほど、僕は強くない。あんたの言うとおり、僕は薄っぺらいクズだからな」  湯気の上がるカップ二つを忌々しげにテーブルに置き、どさりとソファに座って東條は口元を歪に引き上げる。 「ああ、本当にな。彼のように純粋で誠実なタイプは往々にしてクズに引っかかりやすいから可哀想なものだ」  目の前のカップから立ち上る湯気を静かに見つめてから、宮田は小さく呟いた。 「——須和くんが、あんたを選ばなかった最大の理由を、知ってるか」 「——……」  自分のカップを口に運びかけた東條の肩が、その言葉に突かれたかのように小さく揺れた。 「理由を、知りたくないか?」  眼差しを上げ、宮田は東條の引き攣った顔を真っ直ぐに見据えた。
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