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「何か飲み物買ってこよう。柊くんは?」
「あ、じゃあミネラルウォーターを」
「わかった」
それだけ言うと、バタンと車を降りていく。
……何か、怒らせただろうか?
気に触るようなことは言ってないつもりだが……
買い物を終え、再び車に乗り込んで自分のスパークリングウォーターを勢いよく呷ると、彼は必死な目でぐっと俺を見据えた。
「……あのね柊くん、今そういう刺激はすごく困る!
ただでさえバクバクな心拍数抑えるのに必死なのに……これ以上心臓に負担がかかると血圧が心配だ……!」
神岡は何やら照れながらわたわたとおじさんくさいことを呟き、ふうっと大きく一つ息を吐き出す。
……俺のあんな一言で、そんなに……?
がっちり凝り固まった俺の緊張も、そんな彼のリアクションにふっと緩む。
思わず笑いが漏れた。
「……いつも面白いですね、樹さん」
「他人事みたいにそんなこと言って」
今度は子どもみたいにむすっとむくれる。ますますおかしい。
笑った後の喉を通るミネラルウォーターの冷たさが、ざわついた神経を心地よく潤す。
「ーー今日、どんな展開になったとしても……
俺には、あなたがいる。
あなたと、この子たちが。
……だから、大丈夫です」
気づけば、自然にそんな言葉が口から出ていた。
俺の言葉に、彼は少し驚いたような眼差しを向けてーー
そして、その張り詰めた表情が、心から嬉しそうに綻んだ。
「……いつ君がそう言ってくれるか、待ってた」
「…………」
「君には、僕がいる。
僕が、たとえ何度君にそう言ったところで……君自身がそう思えなければ、君の不安や悲しみを本当に取り除くことは、きっとできない。
ずっと、それが気がかりだった。
ご両親の反応に、君がもしも深く傷つき、打ち拉がれてしまうとしたら……
これから先の僕たちの幸せを育てる気力を君が失ってしまうことが、僕にとっては何よりも怖いことだった。
だからーー
今、君の口からその言葉を聞けて、嬉しいよ。
……本当に嬉しい」
じわりと微かに潤んだように俺を見つめる彼の瞳が、何だか悲しいほど温かくて……
ーーやばい。
涙が出そうだ……俺も。
何もかもが手に入らなくたっていい。
この人と、新しい二つの命さえ、幸せにできるならば。
なんだか変なタイミングでーー俺は、改めてそんなことを思った。
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