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それからというもの、アンナは時間ができると町で一番高い見張り台に登って、待ち遠しく南の雪原を眺めていた。
まだ見ぬ憧れの勇者様。
どのようなお顔なのだろう。声は。仕草は。
どのような武具を身につけているのだろう。父の鍛えた武具を見たらなんとおっしゃるだろう。父の武具は最高級品だ、きっとそれらを身に着け魔王に立ち向かって下さるに違いない。
お仲間の戦士様もきっとこの上なく屈強で、僧侶様は神々しいまでに神聖で、魔法使い様は冷静沈着にて聡明な、頼もしい方々に違いない。
純白の雪原の彼方、いずれ来る勇者に想いを馳せていた。
勇者一行がファマスに到着したのは、七日が経ってからだった。最初に一行の姿を見つけたのはやはりアンナであった。雪原を進んでくる四人の人影。見張り台のはしごを半ば落ちるように降り、町の門でそわそわしながら待つ。
この七日間、なにを話すかずっと考えていた。しかしいざその時になると頭は真っ白だ。何一つセリフが浮かんでこない。
門のそばで棒立ちのアンナに声をかけたのはなんと勇者のほうだった。なんと話しかけられたのかは覚えていない。機能停止した頭に代わって、口が勝手に受け答えをしていた。
「ようこそ。ここは最果ての町ファマスです」
当たり障りがなさすぎて情けなくなる。町の名前を言っただけだなんて。ここがファマスだということなど勇者様は百も承知でいらっしゃっているのに。
「ありがとう。町長さんの家まで案内してもらえるかな」
アンナより頭二つほど背の高い勇者は、少し身をかがめてアンナに微笑みかけた。顔が熱くなる。
「も、もちろんです。ご案内します――」
通りに集まった人々の歓声の中、アンナは勇者一行を先導した。勇者はその歓声に手を挙げて笑顔で応じた。
町長宅に到着すると、アンナはまた勇者に声をかけられた。
「助かったよ。君、名前は?」
「アンナです」
「アンナさんか。僕たちはしばらくこの町で準備を整える。あとでまた案内してくれると嬉しいんだけどどうだろう」
アンナの心は舞い上がった。
「はい。喜んで」
「じゃあ明日の昼過ぎに宿屋に来てくれるかな」
そう言うと、勇者一行は町長の家に消えていった。残されたアンナは夢見心地で、しばらくそこから動けなかった。
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