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翌朝。アンナは店でいつものように剣を磨いていた。
きっとこの店にも勇者様をご案内することになるだろう。勇者様のお力になり、そして命をお守りする武具だ。よくよく手入れをしておかなければ。
扉のベルがからんころんと音を立てた。
「いらっしゃいませ」
剣を置いて何気なく顔を上げる。お客さんと目が合った。
「あれ。アンナさん?」
「勇者様……」
顔から火が出る思いだった。どうせ汚れるからと、着古した服にくたびれた皮のエプロンという格好が恥ずかしかったのだ。
「どうして……。お昼の約束ではありませんでしたか?」
「いや~そうなんだけど。ファマスの装備は最高級品で有名じゃないか。どうしても早く見たくなってしまってね。宿のご主人に町一番の鍛冶屋を教えてもらったんだよ」
勇者は照れくさそうに頭を掻いた。
「でもまさかアンナさんがいるとは思わなかった。この店で働いているの?」
「ええ、父の店なので手伝いをしています」
「そうだったんだね。それはちょうど良かった。少し教えてくれないか、玉鋼の剣とモリア銀の剣について――何しろ見るのは初めてなものでどれがどれやら。ああ、先に言っておくけど今は持ち合わせがないから見るだけだよ。僧侶がお金に厳しくてさ。あとでちゃんと買いに来るから」
「お一人で来られたんですか? お仲間方は?」
「僧侶と魔法使いは早朝から町長さんと作戦会議をしているよ。起きた時にはもういなかったな。戦士は昨日の宴会で酔いつぶれてしまって、まだ死んでた。だからこうして小遣いもなく一人でぷらぷらしているわけ」
勇者はおどけるような口調で言った。アンナはぷっと吹き出してしまった。
「お、やっと笑ったね」
嬉しそうだ。アンナはやっと緊張がほぐれてきたのを感じた。
「勇者様面白い。私、勇者様ってもっと高貴な雲の上のお方だと思っていました」
「雲の上なもんか。僕たちだってただの人だよ。むしろ、泥だらけで何日も風呂に入らないとか、食べられるかどうか怪しいものをとりあえず焼いて食ってみたりとか、やっと魔物を倒したと思ったらヘドが出そうなくらい臭い血を浴びたりとか。結構散々なんだから」
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