旅の終わりは北の最果て、雪と氷の最後の町

5/10
前へ
/10ページ
次へ
 アンナは愕然とした。よく考えれば当たり前のことだった。勇者一行の仕事は魔物を討伐すること。伝え聞く華々しい活躍よりも、本来はずっと穢れに満ちた死闘をくぐってきたに違いにない。自分たちが暖かい家に住み、清潔な服を着て、飢えることなく食べられるのは、勇者が泥の中で戦い続けてくれているからなのだ。 「申し訳ありません、勇者様。私、とんだ失礼を……」 「でもそういう散々な運命でなければ、僕はこの町には来なかっただろう。この町に来なければアンナさん、あなたと知り合うこともなかった。だから人生は面白い」  勇者は朗らかに言った。 「さて、アンナさん。剣をいくつか見せてもらえるかい」 「ええもちろんです。では改めまして……ようこそ武器と防具の店へ――」  それから毎日のようにアンナは宿屋に滞在している勇者の元を訪ねた。初めは武具の話を。薬草や聖水、世界樹の雫にフェニックスの尾羽を扱うよろず屋も案内した。  バーにも連れて行った。案外町やその周りの情報はバーで飲んでいる荒れくれたちの方が詳しいそうだ。  町はずれの教会にも行った。十年間の度重なる魔王軍の襲撃により教会は半壊しており、直す者もいなかった。神父はおらず、勇者の冒険譚を残すための書もすでに焼失していた。勇者は大層残念がった。それでも、勇者はなんとか形を保つ女神像に祈りを捧げていた。 「明日、出発することになった」  ある日、二人で連れ立って歩いているときに勇者が言った。十日目のことであった。勇者は玉鋼の鎧に身を包んでいた。背中には剣が二振り。玉鋼の剣とモリア銀の剣だ。  魔王の邪気に触れ凶悪化した魔獣を打ち滅ぼす玉鋼の剣。  魔王の魔力より生まれた異形なる魔物を殲滅するモリア銀の剣。 「明日……ですか」 「世話になったね」 「いえ、私はなにも……」 「魔王城の目の前だしね、僕も仲間たちもぴりぴりと張り詰めた感じになると思っていたんだよ。でも、ゆっくり体を休めることができたし、英気を養うことができた。最強の装備も揃った。アンナさんのおかげだよ」 「もったいないお言葉です……」  勇者が出陣するトルーシ山の最奥。かの地にそびえる暗黒の魔王城。想像するだけで身が震えた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加