1人が本棚に入れています
本棚に追加
☆
――およそ数時間前。
昼下がりの商店街を、雑踏の中、1人の女の子がエコバッグ片手に歩いていた。
長い黒髪をそよ風に遊ばせ、まん丸の黒い瞳を細めながら、鼻歌混じりに歩く彼女の名前は、水瀬菖蒲(みなせあやめ)。
(えっと、次のお店は……)
白のパーカーに黒のカーゴパンツといったラフな出で立ちで、3月末の商店街の往来に溶け込みながら、慣れた足取りであやめが向かう先は八百屋だった。
今年で16歳になる彼女は、この春、希望の高校への入学試験に見事合格した新入生である。
(欲しいのは、ネギと……白菜と……あとエノキと……)
明日以降、4月に入ってからは進学先である高校の敷地内の女子寮に入る予定のあやめは、今日をもって、物心つく前から世話になっていた児童養護施設を退去する予定になっているのだが……。
その彼女の退去に際して、実は今夜、施設の職員さん達が送別会を開いてくれる事になっており、その送別会の主役であるあやめは現在、今夜のイベントに向けて食材の買い出しの最中なのであった。
「あら。こんにちは、あやめちゃん」
「おばちゃんこんにちは!」
あやめが小さな頃から通っていた商店街では、軒を連ねるお店の人達ほぼ全員が顔なじみで、姿を見かければこうして声を掛けてくれる。
最初のコメントを投稿しよう!