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「はぁっ……はぁっ……!」
急速に張り詰めて行く緊張と、胸が潰れるほどの焦燥によって、早くも荒くなる呼吸を繰り返しながら、あやめは全力で駆ける。
まさか、そんな、いくらなんでも大丈夫だろう。
心配しなくても何も悪い事なんて起きやしないさ。
あやめの心のどこかで、ぽつりぽつりと、そんな言葉たちが浮かんでくる。
だがしかし、頼り無げに首をもたげた彼女のそんな希望的観測は、次の瞬間、目の前に突き付けられた現実によって叩き潰される。
「ッ……」
走るあやめの視線の先に、今度は小さな男の子が現われた。
まだ幼い。
見覚えのあるスモックを着ているから、おそらく近所の保育園に通っている子だ。
「ま、待ってっ! 飛び出しちゃだめっ!」
咄嗟にあやめが叫ぶが、気付いた様子は無い。
男の子は道路に転がって行ったボールを追いかけ、そのまま公園から飛び出して、そしてボールを拾おうと屈み込んだ時……。
ふと、横から迫って来る大きな存在に気が付いた。
「あっ……」
男の子の口から、小さく声が漏れた。
(あぁ、そんなっ、だめ……っ!)
目の前の絶望的な光景に、あやめの顔が歪む。
男の子は呆然と、近づいて来るトラックを見つめていた。
……彼の純粋であどけない瞳には、今、ブォン、ブォンと軽油を燃焼させ、ディーゼルエンジンを吹かし、ミシミシと巨体を軋ませながら迫るトラックが、いったいどう映っているのだろう。
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