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テレポート
「へえ、この箱の中から中へねえ」
「遂にやりましたぞ。」歴史に残る偉業ですぞと加藤は言葉に熱を込める。
つい数時間前、テレポート理論の構築を見事に遂行したと電話越しに豪語した男は、俺の前で今にも踊り出しそうな様子だ。
「先ずですな。こちらの大きな箱に人が入る。するとボタン1つで、電波の流れとともにあちらの箱に飛んで行けるわけです」
「そいつはいいな。早速広告を出して志願者を募ってみたらどうだ」
「志願者ってのはちと物騒な物言いですが、名案ですな」
街の真ん中に建てられたよく目立つ広告塔のおかげもあってか、百から二百の志願者が集まった。加藤は彼らに先刻俺にしたのと同じような説明を聞かせ、一番に入りたい奴はいるかと聞いた。やたらと前歯の突き出た甲高い笑い声の男が名乗りを上げ、そいつが先陣を切ることで満場一致の様子。
では、と加藤がボタンを押すと男の姿が消え、次の瞬間にはもう一方の箱の中に現れた。
それを見た他の志願者たちが、我先にと箱に押し入るので、加藤はボタンを次々に押し続け、捌ききった頃には指の骨を脱臼していた。
「堪能した。そろそろ出してくれ」と、誰かが言うと
「いやそれが、入るのは簡単ですが出るのがどうにもうまくいきませんで」と加藤が
人の体を電波に変えることには成功したが、その逆の理論は全く白紙だそうだ。
「旦那、どうしましょうか」
「彼らにはあのまま箱の中で暮らしてもらうしかないだろう。」
幸いなことに加藤がチャンネルと呼ぶボタンは36もあり、入力切替と書かれたものを押すとそれらはさらに千も二千も、彼らにとって十分な区画が用意されていることがわかった。
「皆様、大変恐縮ではございますが、早急に、外へ出る為の理論をこちらの加藤が構築いたします、それまでその中でお待ちください」
どれぐらいかかるのだとの声に、何年かかるやらと加藤が悲嘆にくれる。
仕方がない私はこの中で歌を歌っていよう。と言う者がいた。触発されるかのように、芝居をやると言う者も、なにかオモシロイことをしてやろうと言い出す奴もいた。果てには世間で起こった時事をまとめて夕刻に読み上げるなど、なにが楽しいのかわからないことをしだす奴まで出てきた。
「なんだ、あいつらあの中でも案外生きていけるようだぞ」
「そのようですね。仕事にはまた明日から取り掛かりましょうか」と加藤が締めくくった。
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