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「ほんと助かったよ。ありがとう」
「お礼なんていいわ。それより早く教室に戻らないと」
素っ気なく言って、逆井さんはすたすたとトイレから出て行ってしまう。ああ、せっかく仲良くなるチャンスだったのに、なかなか会話が続かない。
(ん? でも待って?)
ここで、八千恵の脳裏に、ある疑問が浮かび上がった。
逆井さんは、いったい何をしにトイレまで来たのか?
逆井さんは、用を足してないし、手も(顔も)洗っていない。なのにどうして?
水を含んだお花畑の頭をフル回転させて、八千恵は一つの答えを導き出した。
「あの、逆井さん」
「なに?」
八千恵は小走りで逆井さんに追いついて、今度こそはと食らいつく。
「もしかして、わたしのことを探しにきてくれたの?」
思い切って言うと、逆井さんは紅梅色のくちびるをわずかに開いた。
「……探検」
「えっ、なに? きこえなかった」
本当はちょっとだけきこえた。
でも、ハッキリとききたかったから、わざとそんなことを言った。
「あなたが戻らないから、またどこかに探検でも行ったのかと思って」
だから様子を見に来たの。と言ったあと、逆井さんはやっぱり恥ずかしくなったのか俯いて、前髪で顔を隠した。
八千恵は、その決定的瞬間を見逃さなかった。
「笑った」
あまりの嬉しさに、思ったことがそのまま声に出た。
ほんの少しだけど、逆井さんは確かに笑ったのだ。笑ったっていうより、口元を緩めたって感じだけど、あのすました顔ではなく、油断した顔を見せた。
「いま笑ったよね!? 逆井さん!」
「笑ったかしら?」
「笑ったよ! わたし見たよ! ふふって笑った!」
「じゃあそうなのかもしれないわね」
逆井さんは元の顔に戻って、
「でも、そんなに騒ぐようなことじゃないでしょう? だいたい、あなたはくだらないことでいちいち……」
と言いながら八千恵と目を合わせたのだが、
「……こっちを見ないで」
再び目を逸らしてしまった。
(おお、今度は百パー笑ってる! っていうか堪えてる!?)
逆井さんは表情を八千恵に見せないようにしながらも、肩を小刻みにふるわせる。
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