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妖精か。天使か。上品かつ優美な逆井さんもいいけど、このくだけた可愛さもまたいい。
何より、昨日よりもずっと近くにいるようなこの感じが、嬉しくてたまらない。
いける。今度は無視されずに、話をきいてもらえる。このチャンス逃すものかと、八千恵はどんどん逆井さんに歩み寄る。
「ねえ逆井さん、そんなに『探検』がツボだったの? それじゃあ昨日の朝も、もしかしてちょっと笑いをこらえてたりしたの?」
「そんなわけないでしょう」
「でもいま何らかの理由で笑ってるよね?」
「何らかの理由って……ふっ……やめてちょうだい」
「あっ、わたしだ。わたしがおもしろいんだ?」
八千恵が訊くと、逆井さんは両手で口を押さえたままこくこくと首を縦に二回ふった。この失態はさすがに隠せまい。
「よかった。わたし、このへん地元じゃないから知ってる人ぜんぜんいなくて不安だったんだよね。だから逆井さんとお友達になれたらいいなぁって昨日からずっと思ってたんだ。しゃかしゃいさんが最初に話したクラスメイトだし……」
「しゃかしゃいじゃないわ。逆井よ」
噛んじゃったけどそのまま押し通そうとしたのに。なかなか手厳しい。
「噛んじゃうから下の名前で呼んでいい?」
逆井さんはいいともダメとも答えてくれない。だんまりを決め込んで、また髪で顔を隠している。
(照れ屋さんなんだな。でも押しには弱そう)
ここまできて引き下がれるものですか。こっちは既に恥ずかしいところをたくさん見られているのだ。ちょっとぐらいグイグイいってもいいでしょう。
「下のおなまえ、夕花だよね? 夕花ちゃんって呼んでもいい? わたしのことも八千恵でいいから。ねえ、いいでしょう? またしゃかしゃいしゃんって言っちゃ……」
「ちょっと、声が大きいわよ」
ぴしゃりと遮られて、八千恵はここが廊下だということを思い出す。
「もう……あまり人前で恥をかかせないでちょうだい。呼び方なんて別になんだっていいから」
「ほんと!? やった!」
「だから静かに」
ハッ、と八千恵は口を押さえるが、出ちゃったものは止められない。授業開始前の廊下に八千恵の甲高い声がキンと響いて、階段を上がってきた担任の上野先生に「逆井夕花さんと神林八千恵さん、早く教室に入りなさい」としっかりフルネーム付きで注意されてしまった。
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