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「あなたにとっては回り道かもしれないけれど、私にとっては本当に通り道なのよ」
と、校舎裏のお庭から続くこの不思議な花園を、逆井さんはあくまで「通学路」と主張する。
「なぜなら私は寮生だから」
「えっ? 妖精!?」
「私の聞き間違えだと信じて訂正すると、『妖精』ではなく『寮生』よ」
「あ、なるほど」
とわかったふりをしてみたけれど、実際のところ八千恵はまだその言葉の意味はおろか字面さえも想像できていない。
「りょうせい……ってなに?」
「寮に入っている生徒のこと」
漢字わかる? と言われて、八千恵はようやく自分の恥ずかしいミスに気がついた。
「寮の、生で、寮生……あっ」
ようせい、ではなく、りょうせい。
逆井さんは寮生だったのだ。なるほど、それなら校門とは逆のほうから登校していてもおかしくはない。
「凛花寮はこの花園の更に奥にあるのよ」
逆井さんの視線を追うと、花園の出口の向こうに洋館風の建物がある。
あれが噂にきく凛花寮。一部の成績優秀者でないと入寮できないと言われている、いわゆる特待生が集まる学生寮のことである。
「探検に妖精。あなたの頭には、素敵なお花畑が広がっているのでしょうね」
(がーん。それ、高校では言われないように気をつけていたことなのに!)
八千恵の髪はクセが強くて、偉大な音楽家のごとく、くるくるのうねうね。お花畑と言いたくなる気持ちはとてもよくわかる。
でも、逆井さんが八千恵の頭をお花畑と言ったのは、髪型とか髪質の話じゃなくて、中身のことだろう。小学校、中学校と、みんなに言われてきた。
おそらくそれは、八千恵がおとぎ話が大好きで、いつもメルヘンなことを言っていたからなんだと思う。それこそ妖精さんとか、魔法使いとか、どこへ行ってもメルヘンな妄想に浸ってしまうのだ。
この扉を開けたら、この森の奥深くへ進んだら。
見えない世界に思いを馳せると、自分の好きなようにどんどん新たな登場人物が現れる。ふだんは見えない世界が、一歩踏み越えるだけで、ドアを開けるだけで、目を閉じても無限に広がるものへと変化する。
恐怖心よりも好奇心。
八千恵は自分の知らない世界のことを考えるのが大好きなのだ。だからこの花園にも足を踏み入れた。素敵な場所だ。
他の生徒の姿もなく、背の高い妖精さんがいる、秘密の花園。
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