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「それじゃ、私は先に行くから」
逆井さんは赤面する八千恵の前でも眉ひとつ動かすことなく、余裕の表情でその場を立ち去っていく。
足音も立てず、静かに、優雅に石畳の上を歩く逆井さんの後ろ姿は、八千恵から数秒のあいだ言葉を奪った。
「神林さん」
十メートルくらい歩いたところで、逆井さんが何かを思い出したように振り返った。
「この花園には、あまり長居をしないほうがいいわよ。それから、ここで見たことも聞いたことも、不用意に人に話さないほうがいい」
「逆井さんと会ったことじゃなくて、この花園のこと自体、誰にも言わないほうがいいってこと?」
「そう」
どうして? って訊く前に、逆井さんは再び校舎のほうに向かって歩き出した。
背の高い庭木の陰に入り、その姿が完全に見えなくなると、八千恵はようやく全身の緊張が解け、深い溜息とともにふにゃふにゃとその場にへたり込んでしまった。
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