「たとえ、逃げたくても。」

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「たとえ、逃げたくても。」

「雪の夜」が大嫌いだ。 吐き気がする。 目まいがする。 頭痛もするし、 過呼吸になる。 だから私、中野 花(19)は、「雪の夜」から逃げ出すため。 北海道から、大学入学に合わせて上京してきたのだ。 雪の降らない、平穏な日々。 降ったとしても、シーズンにつき数回。それくらい、夜だけ家に引きこもればどうってことない。カーテンを閉め切って、音楽を聴きながらホットココアを飲み、好きな本を読む。 だから問題なんてない。 なかった…… のに。 「ば…爆弾低気圧……?」 気付くのが遅かった。 今日に限って、朝、たまたまテレビニュースを観なかったのが失敗だった。 普段あまり鳴らないスマホを開き、インターネットのトップ画面でその予報を知ったのは、すでに夕方になってからだ。爆弾低気圧の接近に伴い、夜から明け方にかけて関東は大雪。東京でも10cm以上の積雪が見込まれている。 どうりで妙に休講の授業が多く、人が少ないわけだ。と、いうことは。 この後、私が出る予定の「心理学ゼミ」も休みに…… 「……なるわけ、ないよね」 授業の休講を知らせる掲示板を見上げ、私は肩を落とした。あの先生のことだ。ちょっとやそっとじゃ休まないことくらい判っている。しかしほんの少し期待していた。が、その期待は見事に裏切られた。 ……これはバックレるしかない。 そう思った矢先。 私の右肩に少しゴツめの手がポンと置かれた。 「よう、中野 花。お前、今日発表だけど準備できてるか?」 「せっ、先生…!」 振り返ると例のゼミの先生が立っていた。 中年男性、さばけて優しい性格が人気あるが、出席・提出物諸々に関してはめちゃくちゃ厳しい。 「あ、あの…実は今日ちょっと具合が」 「いやあ~お前の発表、楽しみだなあ!『トラウマの発生原因について アドラー・フロイト・ユングの比較』かあ。楽しみすぎて昨晩は眠れなかったよ」 「えっ?いや、ちょ」 「俺のゼミは嵐だろうと大雪だろうと決行!全員参加だからな。じゃ、あとで」 「せっ、先生~~!」 腕を伸ばすも虚しく、先生は去っていった。
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