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「おや、茅乃さんこんばんは」
「マスターお久しぶりです…中々来られなくて…一人なんですが良いですか?」
「はい、もちろん…こちらにどうぞ」
カウンター右側の隅を示された
私がかつてよく座った席が空いていて…習慣のようにそこに座る
ここから店内を…店内の人間たちを横目に観察しながら夜を過ごして居た時期があった
よく来ていたのはまだ結婚する前で…結婚してからは数回だけどここには二人で来たことはない
お腹も空かないし、美味しいお酒を楽しんで帰ろう…
「マスター…爽やかなの欲しいです…作って頂けますか?」
「畏まりました…作りましょう…」
特にカクテルに詳しいわけではないので昔と同じようにマスターにお任せしてしまう
出てきたのは檸檬の皮が綺麗に螺旋を描く…
「ホーセズネック…懐かしい」
私がよく飲んでいたもの…だ
ブランデーに爽やかな檸檬の香りが抜けていく
ゆっくりと味わっていると…
「運命…ですね?…お隣いいですか?」
声をかけられた
慣れた身のこなしで
するりとスツールに滑り込んだのは
鼻に抜ける甘い響く声の持ち主
「高塔くん…何故、ここに?」
そこにいたのはグレーの細身のシングルスーツにブルーのネクタイをした綺麗な男
「…『運命』じゃないですか?」
高塔くんはホーセズネックを指差して微笑みを投げたあと、慣れた口調でオーダーする
「マスター、バーボンロック…くれる?」
「畏まりました」
マスターがバーボンを出してからカウンターのグラスを下げて…後ろを向いた
「本当は?」
高塔くんを探るように見た
眼鏡の奥の瞳は真っ直ぐで嘘を言っているようにも見えなかったが…
「信用ないな…マスターに聞いてくださいよ…オレここは以前から通ってますから」
聞いているのか居ないのか奥に立つマスターが微笑んだ
「むしろ…茅乃さんがオレに会いに来たのかと思って…心臓止まるかと思いましたよ」
「まさか…元常連よ……」
仄かなオレンジ色のライトに高塔くんの榛色の瞳がオレンジ色の灯火のように揺らめいて艶めく
「ホーセズネックをそんなに旨そうに飲む美女がいたら……口説かれますよ?」
「自慢じゃないけど、口説かれた事なんてないわよ?」
カラン
高塔くんの手の中のグラスの氷が溶けて音を鳴らす
「じゃあ……オレがハジメテですね…」
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