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私が悪かったのだろうか。
衣擦れに始まり、フロアに響く水音と肌がぶつかるような音。
まさかこんな場所で……
「あ……岳人さん……」
艶かしいざらりとした声が耳に痛い。
嗚咽が漏れそうな口を必死で手で押さえて、必死で廊下に這いつくばった
(止めて、止めて!)
塞いでも消えない、誤魔化しのきかない男女の身体を貪り合うシーン
ましてや自分の夫が『自分以外の女』を抱く所なんて、見たくもなかった……
たまたまだった。いつもなら残業していくと聞けば先に帰るし、わざわざ岳人の部署に足を運ぶ事もなかった。
ただ今日は自分もいつになく長い時間の残業があったし、時間は10時を過ぎていて「一緒に食べたらどうかな?」と考えて夜食を買いに出て、連絡せずにフロアに何も考えずに来た。
本当にたまたまだったのだ
(私が悪かったのかな)
涙が止まらなくて口から中に入り込み、喉に張り付いたそれらは息を苦しくする。声も音も出さないように必死で堪えていると後ろから気配がした。
(!)
ふぁさっと大きな布が頭から掛けられて
手を引かれたのが分かった。
その手にふらふらと導かれ…階段を引き摺られるように駆け降りた。
3階分、たぶんそれくらい降りると扉が開き…声が聞こえた
「とりあえず、顔どうにかして来たららいいんじゃないですか?ここ、混合詮ですし」
布を取り払われて、トンっと背中を押された所はショールームのお客様用のトイレだった
「有り難うございます」
涙で目がくっついて、視界がはっきりしないから誰だかわからないけれどお礼は伝えた。
(酷い泣き顔見られたな)
急いで顔を洗って鏡を見ると、酷く青ざめた私がいた。
メイク落としは無いからシートで拭いて、お湯でオフして化粧水を叩いただけの一気に老けたような顔に更に気持ちが落ち込む。
(仕方ない)
ハンカチを手に顔を隠しながら廊下に出ると、壁にもたれ掛かり私が放り投げた買い物袋を肘にかけてスマートフォンを弄る男性が居た
(う、うそ…)
「落ち着きましたか?」
あまり表情を動かさず、こちらをチラリと見たのは部下の高塔くんだった……
「ええ……ごめんなさい」
「いえ?何もしてませんよオレ、それより一杯、付き合ってくださいよ」
高塔くんは今度は目許を緩めて人懐っこい顔で笑うから
ドキッと、その笑顔に心臓が跳ねた
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