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けれどこの山間の里で、蛍を見つけてしまった。
七篠よりもずっと背が低くて、歩くのが遅くて、見ていると危なっかしい娘。
けれど七篠よりも綺麗に鼻緒をすげて、素早く糸をとる、笑った顔の優しい娘。
探るように、距離をはかりながら近づこうとする七篠を、まるで怯えさせまいとするように蛍はいつも自然に笑いかけた。
花の輪郭をたどる指がそっと触れるたび、七篠は曖昧だった自分の形がはっきりとしていくような気がしていた。
蛍のかたわらで過ごすうちに、いつの間にか七篠も微笑むことを覚えてしまっていた。そのことに気づいたとき、うろたえるほど恐ろしいと感じた。
自分はたぶん、ずっとこの里にはいられない。蛍のそばにいられない。
最初からわかっていたことだ。妖と人。同じ場所に立っていても、同じ景色は見られない。いつかは離れなければならないときがくるだろう。
けれど今は、蛍を失ってしまうかもしれないと思う恐怖のほうが、ずっと強く胸をしめつける。
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