一話  名無しの妖

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 馴染んでいるはずの道。  本当はもう、歩数などかぞえなくても歩けるはずだった。  けれど今、立ちどまった蛍のほんの一歩さきに、なにか得体のしれないものがいた。  杖の先でふれて確認するまでもない。  そこに何かがいるという気配が、暑い空気をつたって感じられる。  それは道端でうずくまっているらしい。  蛍が立ちすくんでいることに気づいたのか、わずかに身じろぎをする。  ちりん、と鈴の音のようなものが聞こえた。  と突然、目の前のなにかがぬっと立ちあがった。  蛍は思わず後退る。  ……ああ、人なのだ。  てっきり大きな獣だとばかり思っていた。  相手が人ならば、何か話しかけなければ失礼だろうか。突っ立ったまま黙っているのでは、ばつが悪い。  蛍は唇をひらく。  けれど言葉は喉元でつまってしまって、うまくでてこなかった。  なにか、おかしい。
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