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【二】 行くぞ、姫御前!
ちりん、という鈴の音で、蛍ははっと我に返った。
気づけば、真昼の井戸端でぼうと立ちつくしていた。
頭のうえから、蝉の声が雨のように降ってくる。少しめまいがした。
「姫御前?」
七篠の声がする。
こちらの顔をのぞき込んでいるのだろうか、声はすぐ耳元で聞こえた。
いつの間にそばにいたのだろう。
まったく気がつかなかった。
いつもなら七篠が近くに居ることは、彼が持つ独特の雰囲気でわかるのだけれど。
「いくら屋敷の庭でも、この陽射しの下で突っ立っていては倒れるぞ?」
あきれたような七篠の声には、ぎこちない気遣いがうかがえた。
「……七篠さま。今そこに、トキさんがいませんでしたか?」
「常葉? いや、俺は見なかったが」
七篠は不可解そうに答える。
「そうですか……」
ならば、先ほどまで蛍が見ていたのは、ココノオが瞼の裏に映した幻影なのだろう。
蛍の身の内にいるココノオは、時折おかしなものを蛍に見せる。
それはどうやら、未来の出来事のようだった。
未来が見えると言っても、細部まではっきりとわかるわけではない。
ただぼんやりとした幻のようなものが、瞼の裏に浮かぶだけだ。
先見の巫女、と蛍は呼ばれるけれど、そんなにたいそうなものではない。
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