二話 先見

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 「何か見えたのか?」  と、七篠が問う。  鋭いな、と蛍は思った。  大雑把な物言いや、大胆な身のこなしにかかわらず、七篠は意外に細やかなところもあるらしい。  そう考えてから、意外に、とはずいぶん無礼なことだと蛍は反省する。 「すみませんでした」 「いきなり謝られても。俺にかかわる未来が見えたのか?」 「いいえ、そうではなくて」  口ごもると、七篠は蛍の言葉のつづきを待って、しばらく黙り込んだ。  蝉の声が、お互いの沈黙をうめるように降り注ぐ。  やがて、早々にしびれを切らした七篠が、さきほどより少し強い語調で問うてくる。 「姫御前。ココノオは何を見せた」  腕でも組んだのだろうか、七篠の動きに合わせて、ちりんと、また鈴が鳴った。  その鈴の音が、蛍は少し苦手だった。  幼い頃、母にもらった鈴の音に似ているからだろうか。  なつかしくて、ふと気がゆるんでしまう。 「その……、今日トキさんが」 「常葉が?」 「滝壺(たきつぼ)に落ちるところを見ました」  その答えを聞いて、七篠は一瞬押し黙る。  すぐに弾けるように笑い出した。 「あっはっは! 落ちろ、落ちろ。思い切り落ちろ。水でもかぶれば、あいつの浮ついた頭も少しは冷えるだろう」  おもしろくて仕方がないといった風に笑って、七篠は軽い調子で言う。 「放っておけ、姫御前」 「でも……」  常葉の不幸。  見てしまったからには、知らぬふりはできない。  いつか常葉が水に落ちて難儀することを知っていながら、自分だけがのうのうと過ごすのは、何だか気分が落ち着かない。  我ながら気が小さいことだとは思うが、そういう性分なので仕方がない。 「なんとかトキさんが困らないよう、努めてみます」 「俺は手助けなどしないぞ。常葉のために俺が動いてやる義理はない」  むっとした七篠の口調は、拗ねているようにも聞こえた。 「はい。無理を言って七篠さまに助けていただくわけにはまいりません。ココノオが(しら)せる未来を(くつがえ)すのはとても難しい」  気を引き締めた蛍の覚悟を知ってか知らずか、七篠が低い声で唸る。
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