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「何か見えたのか?」
と、七篠が問う。
鋭いな、と蛍は思った。
大雑把な物言いや、大胆な身のこなしにかかわらず、七篠は意外に細やかなところもあるらしい。
そう考えてから、意外に、とはずいぶん無礼なことだと蛍は反省する。
「すみませんでした」
「いきなり謝られても。俺にかかわる未来が見えたのか?」
「いいえ、そうではなくて」
口ごもると、七篠は蛍の言葉のつづきを待って、しばらく黙り込んだ。
蝉の声が、お互いの沈黙をうめるように降り注ぐ。
やがて、早々にしびれを切らした七篠が、さきほどより少し強い語調で問うてくる。
「姫御前。ココノオは何を見せた」
腕でも組んだのだろうか、七篠の動きに合わせて、ちりんと、また鈴が鳴った。
その鈴の音が、蛍は少し苦手だった。
幼い頃、母にもらった鈴の音に似ているからだろうか。
なつかしくて、ふと気がゆるんでしまう。
「その……、今日トキさんが」
「常葉が?」
「滝壺に落ちるところを見ました」
その答えを聞いて、七篠は一瞬押し黙る。
すぐに弾けるように笑い出した。
「あっはっは! 落ちろ、落ちろ。思い切り落ちろ。水でもかぶれば、あいつの浮ついた頭も少しは冷えるだろう」
おもしろくて仕方がないといった風に笑って、七篠は軽い調子で言う。
「放っておけ、姫御前」
「でも……」
常葉の不幸。
見てしまったからには、知らぬふりはできない。
いつか常葉が水に落ちて難儀することを知っていながら、自分だけがのうのうと過ごすのは、何だか気分が落ち着かない。
我ながら気が小さいことだとは思うが、そういう性分なので仕方がない。
「なんとかトキさんが困らないよう、努めてみます」
「俺は手助けなどしないぞ。常葉のために俺が動いてやる義理はない」
むっとした七篠の口調は、拗ねているようにも聞こえた。
「はい。無理を言って七篠さまに助けていただくわけにはまいりません。ココノオが報せる未来を覆すのはとても難しい」
気を引き締めた蛍の覚悟を知ってか知らずか、七篠が低い声で唸る。
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