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序 業火
化け物は、娘のすぐそばにいた。
空は赤く染まり、地には地獄のような火柱がたっている。
つい今しがた、獣のようにいきりたった炎が、娘のわきを駆け抜けていったのだ。
悲鳴や怒号が遠くのほうから聞こえる。
里は阿鼻叫喚の渦だった。
娘のおさない頬を、熱風が容赦なくあぶっていく。
けれど娘は瞬きひとつせず、目の前の化け物を凝然と見つめていた。
ゆっくりと流れてきた血の筋が、娘のつま先にまで達しようとしている。
炎に照らされて、血だまりが不気味に光った。
そのさまを見て、娘は思う。
今、この現実を封じられるなら、私は何もいらない。
光さえいらないのだと、娘はかたく瞳を閉じた。
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