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何故、彼を助けたのか。今はもう分からない。
オリンピック目前、この街はIR(カジノを含む大型複合施設)の完成ににぎわっていた。
IRによる治安悪化は無いにひとしいと言われていた。
自分は、大学生で二十歳になったばかりで、田舎者にとってこの街は退廃的だった。
自分が悪いところも多くて、運悪く大学入学当時住んでいた場所を引き払い、少々当時の自分にとって治安の悪い場所に居をかまえ、しばらくするとあまりよくないアルバイトに着いた。
夜短時間でそれなりの仕事のやつだ。
その日は吸い込む空気が鼻の奥や肺を痛くするような寒い日で、仕事上り店の裏口の近くにうずくまっていた男を見つけた。
男は仕立ての良い服を着て、腹の辺りに見える血染みがなければ良い会社のサラリーマンに見えた。
いつからか降りだした雪と夜の闇が彼を隠していたのだろう。
夜のタクシーだなんて絶対乗らないのに、男を酔った人間のように引きずって乗せ自宅に連れ帰った。
自分の上着で血は隠れていたと思う。
タクシーのどこかヤニ臭い暖房が彼を温め彼は気付いたようだった。
意識の無い身体は重い。自分の家が上層階でエレベーターの使えない物件なのでありがたかった。
自分の手を握りしめるように触れてきた手のひらは死体のように冷たくかさついていた。
正しくは彼を支えるようにだが、抱き締め合うような距離感で彼からは鉄さびとその時は知らなかった傲慢の香りが仄かに香った。
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