230人が本棚に入れています
本棚に追加
バカだ……。
僕は何をやっているんだ。
美しく整った顔をぐちゃぐちゃにして、泣き叫ぶあすみ。
それを見て、僕はようやく我に返って、
僕が今やるべきことを、僕にとって何が一番大切なのかを
理解した。
准教授を仰向きにして、息を確かめた。
ダメだ、息をしていない。
頸動脈に指を当てたが脈をとれない。
床には血だまりができている。
「蓮! 気道確保して!」という声が聞こえて。
頸部を後屈して中を覗き込む。
舌根沈下していたので、舌を引っ張り出して、口から息を吹き込んだ。
「さとみさん、鍵を開けて、あすみを中に入れて下さい」
そう言って、もう一度息を吹き込んでから、准教授の横にまわって心臓マッサージを開始した。
さとみさんは、数秒間、下を向いた後に、ガラスサッシの鍵を開けた。
すると、すぐにあすみが飛び込んで来て。
「意識が消失してどれらい?」
「五分――、くらいかな」
「五分か――、ぎりぎりだけど、きっとまだ間に合うよ! 出血部は?」
「右の側頭部だと思う」
「わかった」
あすみは出血部を確認すると、持っていたハンカチで創部を覆って、その上から、クローゼットに掛けられていたネクタイを巻き付けた。
「人工呼吸は私がやるから」とあすみに言われて、僕は頷き、必死に胸を押し続けた。
あすみは准教授の脚の下にクッションを入れて両脚を高くして、再び頭側に回り込む。
「はい、一旦止めて」と言われて、胸を押す手を止めると、間髪入れずにあすみが准教授の口から息を吹き込む。
二度続けて吹き込むのを見届けて、僕は再び胸を押す。
ただひたすらに胸を押す。
そんな僕に比べて、あすみは驚く程冷静で。
「石原さん、すぐに救急車を呼んで下さい」と、
あすみはキッチンの方へと走りながら、さとみさんに声を掛ける。
さとみさんは驚いたかのようにあすみの方に振り返り。
あすみは冷凍庫から取り出した氷をレジ袋に詰め戻って来ると、出血部を上から冷やして、再び人工呼吸を行った。
眉間に皺を寄せ、唇を強く結んでいるさとみさんに、僕は「さとみさん!」と大きな声を投げ掛け。
それでようやく、さとみさんは何かを諦めたかのように僕から視線を外して、テーブルに置かれたスマホに手を伸ばした。
最初のコメントを投稿しよう!