にじゅうろく

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「脳挫傷かな?」というあすみの問い掛けに、「急性硬膜下血腫かも。アルコールや強打に伴う冠動脈の攣縮(れんしゅく)とかVF(心室細動)とかかも」とようやく頭で考えることができるようになった僕が答える。 だがそんな余裕はすぐになくなった。 息が苦しくなってきて、話すこともままならなくて、 必死に体を上下させ、ただひたすら胸郭を押し続ける。 何度も何度も絶え間なく。 准教授の胸を押すと同時に息を吐き、戻す時に息を吸い込む。 必死に自分の息をしながら、准教授の脳に血液を送り続ける。 汗が噴き出し、目にも入って、目の前がぼんやりとしてきた。 「一度、かわろう」とあすみに言われて、 お願い、と言いかけたのだが、あすみの細い身体では、この准教授の厚い胸板を押し込むことはきっと難しい、それに、 この作業は僕が最後までやらなくてはいけないこと、のような気がして、「大丈夫」とだけ答えて、体を動かし続けた。 腕が棒のようになってきた。 肩が痛い、腰が痛い。 全身の筋肉が悲鳴を上げている。 胸が苦しい、酸素が足りない。 もうダメだ。 でも、嫌だ。 絶対に、死なせたくない。 絶対に、この目の前にある命を助けたい。 お願いだ動いてくれ、と手の下にある心臓に願いを込める。 お願いだ、息を吹き返してくれ、と准教授の顔を見つめる。 だが一向に動き出す気配はなくて、 見ると僕の手は真っ赤に染まっていた。 すでにもう遅かったのか。 もうダメなのか。 気づくと、あすみが僕を心配そうに見つめている。 そう言えば、僕はいつもあすみに見守られていたような、そんなことをぼんやりと考えていた時に、遠くの方から微かに救急車の音が聞こえてきて。 僕は再び我に返って、 お願いだから早く来てくれ、そう願って、必死に心臓マッサージを続けながら出窓の向こう側を見つめた。 すると「ゴホッ」という音がして、 「蓮!」と呼ばれて振り返ると。 僕の手の下の准教授の胸が、動きだしていた。 人の命を繋ぎとめることができた。 この思いは、 この時の感情は、全てのことを凌駕した。 僕はあすみと目を合わせて、二人、目と目で抱きしめ合って。 あすみの目から再び涙がこぼれ落ちた。 この涙は全部、僕のためのものだ。 僕はこれからどんなことがあろうとも、この時の気持ちを絶対に一生忘れない。
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