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壁際に置いてあるゴルフバッグ、テーブルの上に転がっている高級そうなライター、キッチンやダイニングには、独り住まいのそれとは明らかに違う数の食器が並べられている。
きっとこの食器に、旦那さんのために一生懸命作った料理を盛り付けるのだ。
僕の両手は行先を失い、元あった所にゆっくりと戻って行った。
「どうしたの?」
僕の変な動きを感じ取ったのだろうか、さとみさんがそうたずねる。
「いや、もう大丈夫みたいだし、帰ろうかな、と……」
そう言ってはみたものの、本当はまだ帰りたくない。
もっとこのままで、さとみさんと一緒にいたい。
もしかすると、さとみさんが僕を引き留めるのではないか、そんな淡い期待を残していたのだが、「今日はホントにごめんね。ありがとう、蓮」さとみさんはそう言って、僕を抱きしめた。
そして僕の両手を取って、さとみさんは立ち上がった。
そうなんだよ、ここは僕の場所ではないんだよ、そう自分に言い聞かせ「ううん。また何かあったら遠慮なく言って下さいね」と答え、玄関に向かった。
「じゃあまた」そう言って、ドアノブに手をかけた。
その手を掴まれ、引き戻された。
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