いち

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いち

どうしたのだろう。 ベンチの向こうで、女の人がしゃがみ込んでいる。 今日は整形外科の実習で、とは言っても、五年生の僕たちは術野を囲む先生たちの後ろから必死で背伸びをし、覗き込んでいただけなのだが。 医学の進歩で人は長く生きることができるようになってきた、だが、骨や関節は歳に勝つことができなくて、高年齢者の手術は増える一方だ。 元々目一杯の手術予定が組まれていたのに、そこに緊急手術が入ったせいで、もう夜の十時。 蒸し暑い夏の夜の公園は、変質者が潜んでいそうな空気が漂っているというのに。 あの後ろ姿は、いつも猫に囲まれているあの人だ。 近所のおばさんたちの目を盗み、そっと餌をあげている。 そのため、彼女が公園に現れただけで、猫がワラワラ集まってくる。 だから彼女のことをいつも見ていた、というわけではなくて、きっと僕よりも年上であろう彼女が、とても儚げでとても可愛い人だったからだ。
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