伝えたいこと

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 どうして美空は他人と円滑に人間関係を築けないのだろう。感覚の違いだけでなく、言葉の壁が、それをさらに困難なものにしている。  悠祐ならこんな美空でも受け入れてくれるような気がしていた。でもそれは単なる甘えで、やはり自分以外の誰かと関わる以上、自分を伝えること、その手段としての言語からは逃れられない。  だけど、他の人たちと同じように流暢に言葉を操って会話する自分の姿を、美空は想像できないのだった。それくらい、言葉は美空にとって難解なものなのだ。  絶望的な気分になり、椅子の上で膝を抱えていると、誰かが背後に立つ気配がして美空は振り返った。 「なんだか、今日は不調みたいね」  顧問の葉山が優しいげな微笑で美空の顔をのぞきこんだ。それから、真っ白なスケッチブックに視線を移す。 「この間の絵は、進んだ?」  美空は力なく首を横に振った。  あれから悠祐のことをいろいろ知ったけれど、モデルを拒否されているうえに、怒らせてしまった。美空はもうなにを絵にすればいいのか分からない。 「煮詰まっちゃってるのね」  肩を落とす美空に、葉山は励ますように笑いかける。そして美空のスケッチブックを手に取り、ぱらぱらとページをめくった。 「難しく考えなくていいのよ。絵はね、コミュニケーションなの。描く人と見る人の。だから、完璧じゃなくていいの。その代わり、自分の気持ちに素直になること」  美空は知らない国の言葉を聞いたかのように不可解な顔をした。 「結城さんは頭がいいから、つい完璧を求めてしまうのね。でも、完璧にしようとばかりしていたら、気持ちはどんどん見えなくなってしまう。飾らない素直さが、一番相手の胸に響いたりするのよ。だから、完璧なものを作ろうとしないで。想いのままに筆をとって」  ね、と美空の肩をとんと優しくたたいて、葉山は別の部員のところに行ってしまった。  美空はきちんと椅子に座り直して、葉山の置いていったスケッチブックと向き合った。改めて開かれたページは真っ白ではない。悠祐と桜が描かれている。
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