新しい朝

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「かもしれないって。自分で書いたくせに。結城さんて実は面白いのね」  笑わせようという意図なんて全くなかったのに、竹本があんまり人懐っこい笑顔を見せるから、美空は呆気にとられた。  けれど、不快ではなかった。クラスメイトたちのような陰湿さが全くない、温かみを感じる笑顔だったからだ。 「渡すだけでいいの? 返事とかは聞いてこなくて大丈夫?」  竹本に確認されて、美空ははっきりと頷いた。 「わかった。預かったわ」  そして次の日――すなわち昨日の部活で、竹本は、「渡したわよ」と端的な報告をくれた。美空の意気込みに感じるものがあったのか、無言でガッツポーズをするので、美空は困ってしまった。  美空が封筒に入れたのは、たった一枚の便箋だ。そこに書かれているのも一文だけ。 『水曜日の朝七時三十分、美術室の私の絵の前で待っています』  悠祐の都合を伺うこともない。ただ勝手に待っていると宣言するだけの手紙。それでよかった。  悠祐はやっぱり放課後の美術室には来なくなって、食堂でも見かけなくなった。明らかに美空を避けている。  悠祐がどうしても美空に会いたくないというのなら、それは仕方がない。互いに関わり合う意志のない人間を対話の場に引きずり出しても意味はない。  だから、美空はただ待っているとだけ書いた。美空は悠祐に会いたい。でも無理強いするつもりはない。来るか来ないかは悠祐の自由なのだという意味を込めたつもりだ。  いくつかの駅を通り過ぎて、電車はようやく目的の駅に到着した。ドアが開いた瞬間に駆け出した美空は、ホームから改札までの道筋を一息に走り抜けた。  駅から学校までは徒歩で十分くらいの距離だ。時計をさっと確認すると、すでに長針が五を指している。ほぼ間に合わないタイミングだった。遅刻するのが授業なら、ここで諦めただろう。しかし、今日の美空はペースをさらに上げた。  悠祐がもし来てくれていたとして、美空を待ってくれる保証はない。約束の時間になっても現れない美空に、なんだ来ないじゃないかとあっさり去ってしまうことだって十分考えられるのだ。  少しでも早く、悠祐の気が変わってしまう前に、どうか間に合って。
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