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イメージしていた雰囲気とはかなり異なる絵がそこにあった。校庭や桜の絵がそうだったように、てっきり悠祐は、美空に似合いの柔らかで明るい色彩を想像していたのだ。
しかし、ざっくり色付けられた習作は、全体のコバルトブルーが深い悲しみを醸していた。そこに、海底をほのかに照らす光のような淡い色がまだらに配され、瞳に知性の光を宿したイルカのようなジュゴンのような生き物が真ん中でこちらをまっすぐ見ている。
印象的なのは、同心円を重ねた波紋のようなものが前景として描き込まれている点である。まるでなにかを訴えるシグナルのようで、見る者の胸をざわつかせる。
「……これ、なにを表現してんの?」
うっかり訊ねてしまってから、もしかしてこれは禁句だったのではないかと悠祐は冷や汗をかいた。これを質問するのは、作品からなにも伝わらないといっているようなものだからだ。
しかし幸い、美空は特に気にしていないようだ。代わりに難しい顔をして、うんうん悩み始めた。
悠祐はそこで自分の問いがいかに無意味だったかを悟る。そもそも美空は、言葉で上手く表現できないものを作品に昇華しているのだから、言葉で聞いたところで有意義な答えが返ってくるはずがなかったのだ。
「悪い。そんな無理して言葉にしなくていいから。なんでか惹き付けられて、いい絵になると思うよ」
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